Nightmare's King

 僕はまた夢でうなされていた。自分で言うのもなんだけど、僕はちょっと嫌なことがあるとすぐにクヨクヨしてしまう。
  悪い癖だとは思いながらも治らない。治らないとクヨクヨする。クヨクヨすると悪夢を見る。
  今も病院で薬を処方してもらっている。服用している自分でもよくわからない薬。
  だけど薬が切れるまでは平気だ、楽しい気分でいられる。薬が切れると、薬までもらって、それでも治らない僕はなんて駄目な奴なんだろうとまたクヨクヨする。クヨクヨすると悪夢を見る。

 今日の夢は格別恐ろしかった。悪夢に限って夢から醒めても忘れられない。
  一匹のパンダがテレビの中にいた。パンダは愛くるしい仕草で、笹を食んだり寝転がったりしていた。
  かわいいなぁ、かわいいわね。と僕ら家族は団欒してそのテレビを見ている。
  その声に反応するかのように、パンダはくるりとこちらを振りむいた。カメラ目線だ。
  やがてのっそりゆったりとパンダはテレビの前、つまりはカメラの前までくる。どんどん近づいてくる。
  パンダの顔が画面一杯にまで広がったその時。僕は異変に気がついた。
  パンダの目の部分には、瞳がなかった。ぽっかりと虚空の穴があいている。そして変わりに配置されていたのは。内側外側構わずに配置された乱杭の牙牙牙牙牙牙!!!!!!
  そのうつろな穴が、にやりと笑みの三日月に歪んだ。ぎちぎちと牙を擦り合わせながら。
  ひっ、と僕は悲鳴を上げそうになった、が寸前のところで両手で口を押さえた。見るのも厭だ! 目をぎゅっと瞑る。
  しかし、両親は相変わらずかわいいなぁ、かわいいわね。と言っている。僕は耳を疑って両親を見る。すると、そこにも牙牙牙・・・・・・!

 悲鳴を張り上げながら僕は起床した。だけどそれが夢であることがわかり。僕はほっとする。
  大丈夫、落ち着け。日常茶飯事だ。いつものことだ。激しく鼓動する胸に手を当てて。僕は自分で暗示する。今日はきっといい日だ。だから今夜は悪夢は見ない。大丈夫大丈夫大丈夫・・・。
  薬を飲んで僕は思考する。何であんな夢を見たんだっけ。思い当たる節が・・・あった。自分の夢を自己分析するなんてあまりいい気分ではないけれど、こんなところだと思う。
・本屋で恐竜図鑑を立ち読みした。恐竜の牙はなんて恐ろしいんだと思った。
・家族で動物番組を見た。パンダが特集で、愛らしかった。
・寝る間際、僕はとびっきり落ち込んでいた。
  こんなところだろうか。それにしても実に都合よく記憶を改ざんして悪夢を見せてくれる僕の頭がとても悲しい。それにしてもパターンがのっぺらぼうみたいで、夢の中ですら僕のオリジナリティのなさが伺える。そんなことを考えたらまたクヨクヨしてきた・・・。

 それから数日後のある日に見た悪夢は、いつもと雰囲気が違った。夢のはずなのに、空気の匂いが違う。と感じたことは今でも克明に覚えている。悪夢のはずなのに、寝る前の僕は落ち込んでいたはずなのに。穏やかで緩やかな、見えない霧の中に立っているような。そんな不思議な感覚の悪夢。
  気がつくと僕は倒れていた。ふと見ると女性が一人、僕を見下ろして立っている。そして彼女はこう言った。
「夢はあなたのものなのに。それがたとえ悪夢でも。あなたは、その気になれば悪夢の王にだってなり得るのに。だって、あなたは・・・・・・」
  あなたの世界の王なんだもの。と僕の初恋の彼女は、真っ赤に染まったナイフを僕の腹から引き抜いて、そう言った。僕は激しく血を撒き散らしながら、夢はそこで終わった。

 今考えてみると、あの夢はいったいなんだったんだろう? と考える。見渡す限り何もない荒野で、お気に入りのロッキングチェアーに座り、穏やかな気持ちで。僕の悪夢によって滅ぼした世界で。最後の人類となった今も。
  今や僕は、悪夢の王なのだから。


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