イチゴ大福

「イチゴ大福をください」
 俺の家に突然やってきたそいつはいきなりこう言った。
「いや、っていうか。誰だあんた。…第一、不法侵入だろ!」
「あ、そうでした。失礼しました。それでは」
  と男は言うと、玄関から出てドアを閉めてから、インターホンを鳴らした。ピンポーン。
  とりあえず俺は鍵を掛けた。警察に連絡しようかどうか、かなり迷ったが近所の目もあるのでそれはやめた。
  まぁ、なんにせよ。不審者は、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。去っていなかった。

  …無視すればいいだけだ、心頭を滅却すれば火もまた涼し。俺はピンポーン、かなりピンポーン、我慢強いピンポーン、……我慢ピンポーン、我ピンポーン、ピンポピンピンピピンポピンピンピピンポピンポーン。 
「うるさいよあんた! 近所迷惑なんだから、DJ風にインターホン鳴らしてないで帰れ!!」
  堪えきれずに俺が玄関のドアを開けるとその男は真顔でこう言った。
「イチゴ大福をください」
「いや、うちにはイチゴ大福なんてないから、帰れよ本当に」
 というと、男は構わずにずかずかとウチに上がり込んで
「そんなはずはありませんよ。隠しているんでしょう? ほらほらどこです、イチゴ大福は」
  といって戸棚やら冷蔵庫やらを探し始めた。

  やばい、俺は危機感を感じた。こいつはかなりやばい。精神的にも危なそうだし、もしかしたらいきなり暴れだすかもしれない。
  ここはなんとか大人の対処をして丁重にお帰り願うべきだと俺は思った。
「いや、本当にウチにはイチゴ大福はないんですよ。ですから帰ってくださいよ本当に」
 それを聞くと男は一瞬こちらを向くと…まるで何も聞こえなかったかのように物色を続けた。
「いや聞けよ、大体あんた何でウチにイチゴ大福を探しに来てるんだ。イチゴ大福くらい外で買えっていうか帰れ、今すぐ」
 俺に大人の対処はできないようだ。

「いいです、どうせ信じてはくれないでしょうから」
  床下収納を開けながら男は言った。どうでもいいけど、そんなところに普通イチゴ大福はないぞ。
「いいよ、聞いてやるよじゃあ」
  と俺が言うと。
「実は私は世界から派遣されたエージェントなのです」
 バシッ、思わず手が出た。男は頭をさすりながら
「痛いじゃないですか」
「もうちょっとまともな嘘をつけ」
「本当ですよ、私は世界から派遣されたエージェントなんですよ」
「あーそうですか。で、そのエージェントさんとやらが何でウチにイチゴ大福を探しに来てるんだ」
「話すと長くなりますよ」
「手短に話せ」
  俺はいつからこんな心の広い人間になったんだろう。

「では今から説明しますのでそこへ座ってください。あ、何ならお茶でも出してくれても結構ですよ、お茶菓子も付けて」
  バシッ、二度目の手が出た。
「この家にからイチゴ大福の反応が出たんです。そのイチゴ大福には国家機密が入ってるそうなので、私は上司から命令されてこの家からイチゴ大福を回収しに来ました」
  なんだかいろいろ問題のある説明だけど要約するとそういうことだった。

「でも、本当に俺の家にはイチゴ大福はないぞ」
「いいえ、あるはずです。エージェントが間違えるはずがありません」
「もういい、そこまで言うんだったら勝手に探せ」
 わかりました、と言い男は物色を再開した。

 数分もすると結局、俺は我が家を荒らされるのが嫌でイチゴ大福探しを手伝っていた。
「しかし、あんたも変な仕事してんだな」
「良い仕事ですよ、休暇が少ないですが。世界を影から支える大事な仕事です」
「そんなもんか」
「それにしてもありませんね、イチゴ大福」
「ああ、そうだな…と、待てよ」
  俺は唐突に昨日、実家から送られてきた荷物があったのを思い出した。昨日は疲れていたから仕事から帰ってきてすぐに寝てしまっていたので忘れていた。
  中を開けるとその中には、幸か不幸かイチゴ大福が入っていた。

「ありがとうございました。」男は帰り際にそう言った。手には大事そうにイチゴ大福を持ちながら。
「しかし、そのイチゴ大福を買い取ってまで持って帰るなんて。もしかしたら本当にあんたエージェントなのかよ」
「ええそうですよ、言ったでしょう。私は世界のエージェントなんです」
「まぁ、俺はもう金輪際あんたには会うことがないだろうけどな」
「ええ、私もそう思います。それじゃ」
  そう言って男は立ち去った。イチゴ大福を連れて。

  明くる朝、玄関でピンポーンとインターホンが鳴った。
  そういえば、今日は友人が来る日だったなと思い出した。あいつに昨日の出来事を話してやるべきかどうか。
「はいはい、今出ますよ」
  ガチャリ、とドアを開けるとそこには昨日の男が立っていて、こう言った。
「おろし金をください」
「帰れ」



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