輝きもの、扱ってます

 繁栄した街には力が宿る。
  宝石のように輝く街。その輝きは人の闇を研磨したものかもしれない、人工的だが人の目を眩ます。それは人の心というライトを当ててやれば、妖しく輝きだす。
  欲望は輝く、まるで光を反射して色が変わるプリズムのように。
  ある所に変わったものを扱う店があった。その店へ一人の男がまったく違う色の光を当てる。

 一人のサラリーマンが街をぶらぶらと歩いていた。収入はさしてない。独身、恋人もいない。唯一の趣味はギャンブル。仕事はお世辞にも出来るほうではない。
  一言で言ってしまえばやる気の見えない男だった。なにかが決定的に欠けてるような、そんな風な男。
  大学は3流大学の文学部。今までに力を入れてきたものは特別ない。友人もあまりいない。そういう生き方をしてきた末路がこれだ。
  今日は会社で飲み会がある予定だったのだが、お流れになった。会社は早く終わってしまったし、家へ帰っても寝るだけの生活を過ごしてきた。時間をもてあますのも何だ。さて、どうするか。といったとき、男の目にある店が目についた。
  カマドイ時計店と書いてあったその店は鏡張りの店だった。入り口の自動ドアーでさえも鏡になっている。店の中の様子はまったく伺えない。
  入り口にただ「時計・よろず輝き物扱ってます」という一言のみ。それが逆に目を引く。
  どうせなら入ってみるか、買う気は最初からなかったが。少しは時間が潰せるだろう、と思っていた。本屋ほど時間が潰せるとは思っていなかったが。

 店は狭く、古びていたが汚くはなかった。外の喧騒が嘘のようにぴたりと止んで、穏やかなクラシックが流れている。左右正面のガラスケースには、まるで計ったかのようにきちんと整列された時計。配列は寸分の狂いもなく、等分に見える。
  時計はどれも宝石が1つは入っており、輝きを放っていた。ダイヤモンドやルビーのような派手さはなく。かといってトパーズやトルコ石のような主張もしていない。かといって地味ではない。なんともいえない味わいの宝石が嵌っている。
  ほかの部分には金や銀などは使っていない。なんだかよくわからない素材の白や黒のシックな色。どの時計にも言える事だが、宝石が一番目立つように造られているようだ。そして、高い。
  男が持っている腕時計とは桁が3つも違った。こりゃあ、場違いなところに来てしまった。と思った矢先に、店主らしき老人が奥から現れた。
  モノクル(片眼鏡)をはめて、両手には作業用の分厚い手袋をしていた。いかにも職人。という感じの格好だったが、表情に厳しさはなく、どことなく老犬を思わせた。
「いらっしゃい、まぁ座ってきなさいよ。薄いコーヒーなら出すから」と老人は枯れ木のように喋った。

 男と老人はショーケースを挟んで対面している。といっても男には話すことなどあまりなく、気まずい思いをしていた。
  老人はコーヒーをすすりながら、男の顔をじっと見ていた。3分ほどもそうして沈黙していた後だろうか。老人は呆れたように呟いた。
「鈍い」
「何ですか?」男は怪訝に思って聞き返した。
「鈍い、そう言ったのさ」老人はそういうと男の胸元へ、老いているとは思えない動きでサッと手を動かした。
  瞬間、男は時が止まったのかと思った。視界がぐるぐると回る。老人の動きが信じられないほどスローに動いていく。胸元へ何かが大きく集まっていく。そしてそれは、老人の手へと抜き取られる。息苦しい。吐く息も吸う息もが重い。
  気がつくとすべては元に戻っており、老人の手の中には小さな石があった。多少の息苦しさを覚えながら男は聞いた。
「その石はなんですか」
「こりゃ、あんたの『意思』の石だよ。おっと、洒落じゃないからね」といって見せびらかした。そのあたりに転がっている石とは違う、なんだか濁った飴玉のようだった。色も青黒く、くすんでいる。
「しかしあれだね、こんなに鈍い石も滅多に見れたもんじゃないな。目も当てられないよ。
  どれ、あたしがちょいと磨いてやろうか」
  男は何がなにやらわからない、といった顔をしている。
「磨くと、どうなるんだ?」
「まぁ今のあんたより少しはマシになるんじゃないかな。……そうさね、50万でどうだい」
「は?」
「50万で磨いてやると言ってやるんだ、気に入らなかったら金はいらないよ。
  それとも、あたしがこの石買ってやろうか。こんなのでも磨けば光るからね」

TypeA
  今よりマシになる。という言葉をきいて男は心が傾いた。省みてこれまで、俺の人生はなんだったんだろう。と思うと、それは目も向けられないようなものだった。これからはそうではない、と言える自信はない。
  それに気に入らなかったら金は返してくれるというのだ。やってみてもいいかもしれない。どうせ貯金していてもいつかは負ける賭けにスッてしまう。そんな金だ。
「お、お願いします」男は意を決して言った。
「そうかそうか、それじゃこれは預かっとくよ。代わりにこれを入れといてやろう」
  老人はそう言うと引き出しから、どこをどう見てもビー球にしか見えないそれを見せると。またサッと手の平を男の胸元へ繰り出した。そこでようやく、息苦しさが消える。
「1週間後、また来なさい。代金は一括じゃなくていいから」
  そうして店を出ると。いつもの帰宅時間になっていた。

 1週間の不安な日を過ごした後。またあの時計屋に行ってみる。
  ドアを開けると老人は既に座っていた。
「お、来たね。実は来ないかと思ってたよ」と言って老人は箱に入った石を取り出す。
  それは以前の濁った石ではなく、水晶のように透き通っていた。あの濁った石がここまで綺麗になるのか、と男は驚いた。
「おまけでカットもしといたよ、多少小さくなったけど。まぁこっちのほうが映えるからいい」
  と言ってまた、おなじみの動作をする。老人の手にはビー球。
「それじゃ、50万ね。あんたは払うさ」と言って柳の木のように笑った。

 店を出るとすっかり夜中だった。今日は何だかずいぶんと眠い。寝てしまおう。男は帰るとすぐに床に就いた。
  目が覚めると、いつもと風景が違って見えた。まるで自分の部屋ではないようだ、というような変化ではない。まるで別世界に来てしまったかのようだ。
  目に入ってくる色、聞こえてくる音、部屋の匂い、何もかもが新鮮だ。今までの生活はまるで曇りガラスのようだったかのように思える。
  そういえば今日は休みだな、と気がついた男は町を出歩くことにした。
  色々なことに興味が沸く。目に入るもの全てが美しく感じる。街に行けば文化に親しみ、公園に行けば自然が愛おしく感じる。
  もしかしたら俺は生まれ変わったのか、と呟く。これなら変われるかもしれない。
  今日は旨い昼飯でも食いに行こう。部屋の模様替えをして、ギャンブルからも手を洗おう。
  今日から新しい人生のスタートだ。男は清々しい気分で新たな人生のスタートを切った。

 仕事にも生活にも力を入れた男は、充実した人生を歩んでいく。
  旨い昼飯を、と思い入った店で偶然にも女性と知り合い。仕事では人が変わったかのように楽しそうに、懸命に働く男に上司や同僚はすっかり気を好くした。
  突如蒸発した母親の消息も知れる。男は今の自分なら、許してやれるだろう。と思う。
  男の人生は進んでいく。進んでいくにつれて、磨いてもらったときよりも一層と石は輝きを増していくことだろう。

TypeB
  買ってやろうか。という言葉を聞いて男は心が傾いた。これだけ高い物を扱っている店だ。それ相応の値段をつけてくれるのに違いない。
  なんだかよくわからない御託を並べていて、よくわからない石を買ってくれるという。俺は何もしていないのに、これはチャンスかもしれない。
男はゴクリと唾を飲み込んで聞いてみた。
「い、いくらくらいで買ってくれるんだ」
「やれやれ、あんたも救いようのない男だね。まぁあんたみたいなのがいるからあたしも時計が作れるんだけど。…これくらいでどうだい」ブツブツ呟きながら老人が電卓に値段を打ち込むと。それは この店で扱っている品の半額くらいの値段だった。男が今までに手にしたこともないような金額だ。
「お願いします」男は即答した。見苦しいほどに。
「ああそうかい」というと老人は奥に引っ込むと、札束の入った封筒を持ってきた。ぎっしりと厚く、封筒の口が閉まらないほどの札束が入っていた。
  もう一つ老人が手に持っていたものがあった。河原に転がっているような、変哲のない石ころだった。
「代わりにそこら辺の石ころでも入れといてやるよ」
  老人は手を振ると。やはり石は消えた。男はそんなことは意に介さなかった。目の前に大金があるのだからそれどころではない。
「さ、とっとと帰んな。もう来るなよ」と、老人は可哀想なものを見るような目で言った。
  店を出るといつもの帰宅時間になっていた。

 1週間が過ぎた。なんだか調子が悪い。以前にも増してやる気が出ない。
  胸の辺りが重くて、鉛でも入ってるようだ。仕事もまったく手につかないし、ギャンブルもてんで当たらない。金を積んでどれだけ遊んでも、何をしても気分は晴れない。石を売って得た金も心もとなくなってきていた。
  またあの時計屋にいくか。と男は思った。何もしてないのに大金が転がり込むような店だ。今度はもっと大金をふんだくれるかもしれない。そう思いつつ。

 翌日、男は会社を無断欠勤して時計屋へ赴いた。
「もう来るなって言ったのに」老人は呆れた声で言った。
「た、頼む。また石を買ってくれ、一番高い石を頼む!」男は焦燥したように言った。目には隈が浮かんでおり、顔色もよくない。げっそりとやつれている。
「そこまで言うなら仕方ない。思い残すことはないかい」老人は介錯をする侍のように、そう言った。
  老人は奥へ引っ込むと、台車にアタッシュケースをいくつも積んで持ってきた。開けるとケース一杯に詰まった札束。
「は、ははは。あはははは! これで俺は大金持ちだ。やった! やったぞ、一生遊んで暮らせる。ふひ、ふひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひゃはは」男は狂ったかのように笑い出す。
  老人は黙って手を動かす。一瞬の出来事だった。手にはブラックダイアのような黒く、濃い色の石があった。カットされており、薄暗い明かりでも闇色に光っている。
  男はその石を見た瞬間に意識が遠くなっていった。体に力が入らない。眠くなってくる。この1週間、ろくに眠れなかった。金が入ったし、ようやくこれで安心して眠れる。
  朦朧とする男の耳に、老人の呟きが耳に入ってきた。
「命の輝きっていうのは、あんたみたいな人間のでも美しいもんだ」男は崩れ落ちた。
  病院の調べでは急性心不全、ショック死だった。石を売りに来た男があまりの大金を前に。という見解のようだった。石の出所はわかっていない。身寄りのない男は寺にひっそりと引き取られた。
  もしかしたら、骨壷の中でも男は笑っているかもしれない。



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