観葉植物の男

  何年も前から一緒に暮らしてきたサボテンが死んだ。うばたまという種類の丸みを帯びた顔の可愛い娘だった。時折咲かせる花がとてつもなく愛くるしく、咲いたときにはケーキを買ってきてこっそりと祝ったものだった。彼女は食べられなかったので代わりに土に挿すタイプの液体肥料をプレゼントした。
  名前はメキシコでペヨーテと呼ばれている事からヨーティアとつけたときの事を今でも鮮明に覚えている。
  あの時はまだ1センチにも満たない小さなものだった。それが次第に大きくなり、まるでわが子の成長を見守るようでもあった。
  彼女に失礼だとは思ったが、観察日記もつけた。朝には「おはよう、ヨーティア。今日もいい天気だね!」と声を掛け、 出社するときには「今日は定時に帰れそうだよ。一緒に金曜ロードショーを見ようね。じゃあ留守番よろしく。」と言い、家を出た。
  5年間の幸福な日々だった。ずっと続くと思っていた幸福は、突然断ち切られた。

  ヨーティアが病気になってしまったのだった。見る見るうちに生気は衰えていった。近くの植物園へ行き、治療法を聞きにいった。職員の言葉は冷酷なものだった。
「あー、ちょっとこれはムリかもねぇ。」
 僕はどうにかして助けてください。と必死に懇願した。が、職員は僕を変な物でも見るような目で見て言った。
「そんなサボテンまた買えばいいじゃないか。何も親兄弟やペットじゃないんだから。」
  違う!僕はそう叫びたかった。ヨーティアは親や親戚のいない僕にとってはたった一人のかけがえのないものだった。だが、そんなことは誰に言っても変人扱いされるのはわかっている。僕は自分が異常だとは思ってはいない。が、周りの人間は何を言っても理解しようとはしなかった。

  家に帰り、泣いた。次の日の朝にヨーティアは帰らぬ人となった。
  それからというもの一ヶ月、仕事は手につかず。生きるのに意味を見出せなくなってしまった。いっそ死んでしまおうかとも思った。肉親の居ない僕一人死んだところで、誰も悲しみはしないのだから。
 自殺を決心した日、会社から休みをもらい飛び降りるビルを探していた。適当なマンションが見つかったので屋上まで昇り、外へ出る。
  靴を脱ぎ、遺書を置こうとコンクリートの床を見た。そこには何故か植物の種があった。
  何の種だろうか。大きく、小さなイチゴほどもある、こんな種は見たことがない。
  どうせ捨てようと思った命だ。この種を育ててからでも死ぬのはいいだろう。ヨーティアの代わりにはならないけれど。
  種を拾い。家の鉢に植えた。ピンクのリボンでラッピングされ、下にはマットが引いてある。複雑な模様の彫ってある美しい鉢。ヨーティアがいつも居た場所だった。不覚にも涙がこぼれた。
 
  翌朝。今日もヨーティアの居ない、ぽっかりと穴が開いたような一日が始まるのかと思うと憂鬱になった。そういえば、僕はまだ生きている。昨日種を拾ったのだった。
  鉢植えを見ると驚くことにもう芽が出ていた。種が大きいだけあって芽も大きい。とりあえず水をやって出社した。行ってきますとは、言わなかった。
  帰宅してみると、信じられないことだがもう5センチほどまでに伸びていた。何の植物かはいまだにわからないが、これだけ成長するのなら今の環境のままで十分だろう。
  お前は変な奴だな。とつぶやいた。それが聞こえたのか気恥ずかしそうにウネウネと動いた。ように見えた。疲れてるんだろうか、その日は早く寝ることにした。

  次の日の朝には名無しの植物の名前が判明した。というのもそこまで成長したからだった。ハエトリソウという奴らしい。図鑑では見たことがあったが生で見るのは初めてだった。
  だけどこんなに大きいのはいないらしい。突然変異か何かなのだろうか。それにとてもよく動く。
  お前。本当に植物かよ、まさかエイリアンなんじゃないだろな。と冗談めかして言うと捕獲葉を手に見立てたかのようにとんでもない!と振って見せた。思わず笑ってしまった。ヨーティアが死んでから笑ったのは初めてだった。
  これだけ大きいとさぞかし虫を食わなきゃいけないんじゃないかな。と思った、だけどこの都会のどこにそんなに虫がいるんだろうか。試しに朝食のベーコンをつまんで捕獲葉に載せてみた。信じられないことに、食べた。
  うまいか。と聞く2本ある捕獲葉を上に掲げ○の形にしてみせた。
  そうだ、こいつにも名前をつけてやろう。学名が「ディオネア ムシスプラ」というそうだから、2本の捕獲葉を双子に見立てデュオネイア、愛称はデュオにした。
 
  それから僕とデュオの生活が始まった。デュオはみるみるうちに大きくなり、ヨーティアの鉢には入らなくなってしまったからもっと大きい物に植え替えることにした。
  出るのが大変そうだったから、僕の腕へとつかまらせた。植物と腕を組むというのは何か変な気分だった。
  デュオはベーコンより鶏肉のほうが好きなようだ。しかし一番は虫のようで、夏になると蚊をひっきりなしに食べていた。おかげでこの夏は一回も蚊に刺されることがなかった。デュオは食いしん坊だな。と笑うとデュオは恥らうように体をくねらせた。
  デュオはもともと熱帯植物なだけあって、寒いのが苦手みたいだ。秋から冬の間はずっと暖房を焚いていた。早く春がくるといいなぁ。と一緒にコタツで暖まった。
  喧嘩もした。仕事が行き詰って、ついデュオにあたってしまった。デュオは身近にある小さなものを投げつけてきた。余計腹が立って勝手にしろ!と怒鳴ったら捕獲葉を動かし外に出て行こうとしていた。僕はびっくりして急いで謝った。
  デュオはそれから丸一日ピクリとも動かなかった。
  お前が居なくなったら僕は生きていけないよ。と謝るとデュオも悲しそうにしなしなとなった。お前は丈夫そうだから、僕が先にいなくなるようなら僕を食べちゃってくれよ。と冗談で励ました。

  デュオが芽を出してから一年が経った。デュオはすっかり大きくなり。僕の倍はあろうかという大きさになっていた。
  デュオと誕生日のお祝いをした。おめでとう、これからもよろしく。と。デュオの捕獲葉はハートの形になっていた。僕も愛してるよ。と言った。
  その日は二人で一緒に布団に入って寝た。これまで生きて来た内で一番幸せだった。
  次の日、目を覚ます。体が動かない。辺りは真っ暗でなんだか生暖かくヌルヌルとしている。
  どうやら、僕はデュオの捕獲葉の中に居るようだ。
  あぁ、ありがとう。僕が言ったこと、ちゃんと覚えててくれたんだ。僕も愛してる、これで一生一緒にいられるね。デュオ。


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