切り裂き魔

  声を大にしては言えないが、私は切り裂き魔だ。
  都会の中でひっそりと過ごしている。自分で言うのも何だが、どこにでもいるような普通の男だ。
  ただ一部を除いては。
  私の中には狂気が眠っている。いや、眠ってはいない。いつも騒ぎ立てている。いつも、切り裂きたくてたまらないのだ。
  私が切り裂きたいと願い、切り裂いてほしいと願う人間がいる。
  故に、私はそれを生業にしている。金を受け取り、切り裂くのだ。

  仕事が入らない日は、家で獲物を振る。常にどんな時でもミスを起こさないように。
  私の獲物は主にハサミとカミソリだ。両方とも刀鍛冶に頼んで作った特注の一品で正に逸品だ。
  大きい刃物は駄目だ、やはり小さい刃物でなければ。
 
  もっとも私がハサミやカミソリを使うのは、ただ単に私の性癖だが。
  あの小さな刃物で切り裂いたときの手に伝わる感じがたまらないのだ。
  私は宙や布に向かって獲物を振る、実際に切り裂いた時の事を夢想して。その快感をより多く求めるために、日々鍛錬にふけるのだ。

  暗殺者で女子供は殺さない。なんて言う奴がいる、あるいは正義の泥棒は悪い奴からしか金を盗まない。
 なんて愚かな奴らだろう。私はそんな下らない事はしない。
  プライドなんて物はとうの昔に、このハサミで切り裂いてしまった。自ら手で。
  プロフェッショナルは相手を選ばないのだ。そして私はプロフェッショナルだ。
  老若男女、構いなく。ただただ切り裂く。
  慈悲も卑下もなくそこにあるのは快楽のみ。シンプルに目の前から切り裂いていくだけだ。

  今日は仕事だ。
  普通なら誰でも憂鬱になる仕事だが、私には楽しみでしょうがない。
  こんな私にも仕事人間、という言葉は当てはまるのだろうか。 
 
  薄汚れた標的を切り裂く、切り裂く、切り裂く。
  感謝しろ、切り裂かれる者たちよ。私の手にかかれば、お前たちは美しくなれるのだから。
  切り裂かれて、散って、舞え。
  どんなに醜くても、私は美しく切り裂いてみせよう。それが、自ら切り裂いた私のプライドに代わる、私の誇りだ。
  切り裂かれた者たちは皆一様に、満足げな顔をしている。
  私が切り裂くことによって、お前たちは浄化されるのだ。


 
そんな訳で、今日も『バーバー向井』は大盛況なのだ。カリスマ理髪師がハサミを振るう限り。


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