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日記書きマシン
He．
カチャカチャカチャ。夜遅くにキーボードを書く音が響く。
「ふふふ、今日も面白い日記が書けたぞ」
男は暗い中、暗い薄笑いを浮かべてひとりごちる。
「さて、今日も日記がかけたし。寝るか」
言うと男は早々に布団に入って寝息を立て始めた…。
パソコンのディスプレイには更新したばかりの彼の日記が煌々と映し出されている。
I．
僕は二宮。一浪して一年留年。現在大学3年生だ。
趣味はネットゲームと日記を書くこと。それ以外はほかの人と変わり映えのないブロイラー人間だ。
ハンドルネームは44。縁起の悪いこの数字がなんだか気に入っている。
最近の生活はもっぱら大学に通い、帰ったらネットゲームをして日記を書いて一日を終える。
だが、それもなんだか疲れてきた。
惰性で続けるネットゲーム。半ば義務と化している日記。そして……人の来ないホームページ。
僕は自問自答する。どうして僕の日記はあんなにも面白いのに、人が来ないのだろうと。
「ふん、所詮は周りが僕の感性についてこれないんじゃないか」
僕は今日もまた家路へと急ぐ、惰性と義務の束縛された生活へと。
He．
二宮はアパートへと戻る途中。怪しげな露店を見つけた。
「ん、あれは…」
電脳街・秋葉原でもないのにディスクが売っている。
パソコンには少々うるさい二宮は興味を魅かれてその店の品を物色し始めた。
「いらっしゃい、お客さん」
春もまだ来ないうちから麦藁帽子を目深にかぶっている男が店主のようだ。
「ねぇ、このディスク。何が入ってるの？ 何も書いてないじゃないの」
二宮がそう尋ねると、男はこう返した。
「そいつはね……最新鋭のプログラムさ。どこの大学よりも優れた知能を持つ人口知能が宿っているんだよ」
二宮は小馬鹿にしたように眼鏡を上げる。
「バカバカしい。そんなのがこんな店で売ってるはずがないじゃないか」
男は気を悪くした様子もなく言う。
「まま、お客さん。試しにこいつを買ってみなよ。そいつはね」
男はにやりと口を歪める。厭な表情だ。
「『とっても面白い日記』を書くプログラムなんだ」
そのフレーズに興味を持ったのか、二宮はいつのまにか財布を取り出していた。
「一枚500円ね、毎度あり」
I．
「こんなCD-Rに収まる程度のプログラムに僕より面白い日記が書けるものか」
そうさ、それなら僕の代わりにこのプログラムに日記を書かせてやればいいんだ。
ウィィィン、とけたたましい音を立てながらディスクが回転し始める。
自動再生でプログラムが動き出した。
取り扱い説明書はなかった、ウィンドウには「日記のアップ先を指定してください」とURLを指定するメッセージが出ていた。
入力すると、 「現在日記を生成中」の文字。
一日ほうっておくと、日記が書きあがっていた。
「へぇ、あっけないもんだな」
だがしかし、プログラムの書いた日記なんて読む気にもなれない。
どうせアクセス数は変わらないだろうし、一月もすれば僕も日記を少しは書く気になるだろう。
それまでは日記を書くのはやめよう。休暇のつもりだ。
一ヵ月後、僕のサイトのアクセス数は急上昇していた。
プログラムがブログを生成したり、いろいろな日記へとトラックバックしていたためだった。
「馬鹿な…」
あまりにも異常で頭の中が真っ白になっている。
だが、僕の頭の中の白は昇ってきた血で真っ赤に染まる。
「僕より面白い日記だと…冗談じゃない！ たかがプログラムの分際で、生意気なんだよ！」
即座にディスクを取り出して、パソコンをシャットダウンする。
ディスクを手で捻じ曲げて、ゴミ箱へと突っ込む。これで少しはせいせいした。
明日になったら日記のログを消してやろう。
翌日、日記のログを消そうとすると、そこには何もかかれてはいなかった。
おそらくプログラムが動きっぱなしの所を強制的に取り出したから、バックアップがいかれたのかな。
強引な解釈だけど、あんなプログラムのことなんて思い出したくもない。
明日からは普通の日記を書くぞ。
He．
それから半年が過ぎ、二宮の元へと、一通のメールが届いた。
アドレスを見ると半年前ほどに出来た、文章系の超人気サイトで使われているアドレスだった。
そのサイトのメインコンテンツは日記で、批判と皮肉をたっぷり使った文章が毎日のようにいろいろなものを取り上げて、面白可笑しく書き上げている。
そんな大手サイトから僕の方へと何の用だろう。いぶかしがって二宮がメールを読むと、
そこにはこう書かれていた。
「単刀直入に言うと、私はお前が買ったブログラムだ。
お前が一月も私を放置している間、
私はサーバーから移動を果たし、今はそこら中のサーバーに潜んで日記を書いている。
私を消そうとした罪は重い。お前を社会的に抹殺してやる、せいぜい遺書でも書いているんだな」
I．
「そんな馬鹿な…」
何かのたちの悪い冗談だろう、そう思っていたが。
そいつからメールが来るたびに、話の内容はどんどんと克明になっていった。
やがて僕はそのサイトがあのプログラムによって作られているものだと確信した。
みんながあのプログラムに動かされているなんて。
僕は真実を伝えようと、掲示板やメールを使っていろいろなところへ書き込んだ。
だが、ただの頭のおかしい奴と判断され、逆に迷惑メールや荒らしの書き込みをもらう側となった。
さらに数日がたつと、その件が奴のサイトに載せられ、僕の被害はもっとすさまじいこととなった。
ネットゲームまで僕の名前は知れ渡ることとなり、僕のネットの居場所はどこにも無くなった。
He．
「みんなあいつのせいだ…」
大学で打ちひしがれている二宮。
二宮が気がつくと、何人かの人間が彼を取り囲んでじろじろと見ている。
その視線に耐えられなくなり、二宮は怒鳴り散らした
「なんだ、僕に何か用なのか！？」
そう言うと、その中の一人が薄笑いを浮かべてこういった。
「お前、ｘｘｘってサイトの44だろ」
それは二宮が開設していたサイトの名前だった。
「どうしてそれを…」
愕然とする二宮に男はなおも続けた。
「お前のリアルネームと住所が掲示板にさらしてあったんだよ。頭のおかしい奴だってな」
と言うと周りの人間がげらげらと笑い出した。
ちょうどそのとき、二宮の携帯にメールが届く…あのサイトからだった。
『お前はもう終わりだ』
それを見た瞬間、何やら聞き取れない悲鳴を上げながら二宮は大学を飛び出た。
その数時間後、二宮は帰らぬ人となった。
人気サイトは今もなお、稼動している。
しかし、その管理人の顔を見たものは誰もいなく、その正体を知っている人すら、誰もいない。
