オフ会

  ●時刻不明 〜ログイン〜
  いよいよ今日は待ちに待ったオフ会だ。
  僕は気合を入れて洋服を選ぶ。ちょっとタイトめの空色のジャケットに、黒地にセピア色で幾何学模様が描かれているシャツ。
  上でちょっと遊びすぎたからパンツは大人しく手触りのいいノータックのもの。色は暗めの灰色、生地はシルク、手触りが最高。
  アクセントになる程度の、あまり大きすぎない金属製バックルに茶色の革のベルト。
  靴も同じ色のものを用意した、カカト部分に歯車がついていて、ちょっとウエスタンな感じだ。服は準備オーケー。
  ピアスや腕輪などの金属物はあまりゴテゴテつけたくないので今回はパス。
  テンガロンハットかカウボーイハットを被ろうかどうか迷ったけど、やりすぎないようにそれは自重。

 それからシャワーを浴びて眠い頭をリセット。朝食を取ったら次はヘアセットに取り掛かる。
  こういう準備ほど、楽しいものだな。なんて一人ごちる。
  まだ時間はたっぷりある、前準備をしっかり楽しもう。

 ●時刻12:20 〜約束の集合時間10分前〜
  場所は東京都内某駅前。人が多い、けどまぁ土曜日なんてこんなもんかな。
  時間よりちょっと早く着いてしまった、早いに越したことは無いからいいか。

 それにしてもここは待ち合わせに多くの人が利用するだけあって、多種多様な人がいる。
  全身に鋲を打ったかのようなパンク風の革ツナギ、そして気合の入ったモヒカン頭。
  ソバージュヘアに色とりどりのエクステンション、クジャクあるいはメデューサを連想させるような派手な髪型の女。
  何かのキャンペーンガールたちがせわしなく動いている。急ごしらえのステージに置かれる商品。
  なんとも不思議な空間だ。

 この待ち合わせの時間と言うのはなんとも不安で楽しみな時間だと思う。
  相手の顔がわかっていない、ゲームの中だから性格だってどうなのか、本性だってよくわからない。
  そんな人たちと初対面で会って、遊ぶ。思えば膨大な処理をしなきゃいけない行為。だが同時に得るものも多い。
  もっとも、期待ばっかりしていると大きく裏切られることもあるんだけど。
  今から僕が処理しようとしているタスク、それはネットゲームのオフ会だ。
  このネットゲームは国内でもトップクラスの人気を誇る。
  参加者も当然多いため、僕はかなりの数のオフ会を体験してきた。
  今日会う彼ら彼女らは一体、どんな人間なんだろう? 不安と期待がないまぜになったこそばゆいような感覚が僕の中にある。

 なんて事を考えていたら、携帯端末宛てにメッセージが来た。おそらく、参加者の誰かだろう。
  『今、○○駅に着いたー。いまどこ?』from:ニシノ to:tenti
  ゲーム内でも一番話すニシノという人物だ。前回のオフ会でも一回あった事があり、今回唯一、顔を知っている。
  そして今回のオフ会の幹事、ニシノ嬢はオフ会の幹事が大好きらしい。
  ちなみに、tentiというのは僕のハンドルネーム兼キャラネームだ。本名がアマトモで天智。だから音読みでテンチ=tenti。
  それはいいとして、ニシノ嬢に返信する。
  『○○駅の東口を出たところ、もう集合場所にいるよ』from:tenti to:ニシノ
  と打つとすぐさま返事が返ってくる。
  『了解〜。すぐいくよー^^』from:ニシノ to:tenti
  一体、どんな反応速度をしているのやら。タイピングも早いがメッセージを出すのも早いニシノ嬢だ。

 ●時刻12:30 〜集合時間ジャスト〜
  さて、と。他にもまだ4人ほど参加者がいるはずだ。周囲をざっと見回すと………ん、あれかな。
  最近なんとなくだが、オフ会の待ち合わせのような挙動、というようなのが見えてくる。
  携帯端末をしきりに見て時間を気にしているのだか、メッセージを待っているのだか、集合場所の周囲をうろついている。
  もうちょっと様子を窺ってみよう。

 と、ニシノ嬢到着。
  ベビーピンクのプリーツ付スカートに白とオレンジの縞模様のキュロット。グリーンのサマーセーターにかかる長めの黒髪。
  そして星のように飾られたピアス、指輪、ネックレス、ヘアピン。オールシルバーだ。
「おまたせー」元気溌剌に手を挙げるニシノ嬢。
「うぃーす、待ってないけど」応答する僕。
「他の人はまだ?」
「んー、もうすぐ来ると思うんだけど。あ、それよりあの人」といって件の人物をこっそり指差す。
「あれ、騎士薙さんじゃないかな」と聞いてみる。
「あ、うん。それっぽいねぇ」とリストを確認しながら言うニシノ嬢。
「声掛けてみようか?」
「うん、お願いー」
「って、僕なのかよ。幹事だろー?」
「え、じゃあジャンケンで」
「つーかニシノさん、番号知らないの?」
「えー、知ってるけど。それじゃおもしろくないじゃん」

 ●時刻12:40 〜実は遅刻〜
  なんてやり取りをしているうちに、2人組の男女が声を掛けてきた。
  年はまだ若そうだ、大学生か、それ以下か。
  長髪以外はとりたてて特徴のなさそうな男の子と、線の細い、病弱を地でいってるような女の子。
  服装はどちらもカジュアルっぽい、今風の若者とはちょっと言いがたいような、個人的には好ましい誠実なファッションだ。
「あの、もしかして『ニシノ定例会』の…」
  と声を掛けてくる男の子のほう。
「あ、そうですそうです。えっと、かぐやさんとロニさん?」
「ええ、そうです。よろしくお願いします」
  応対するニシノ嬢、それに答える……どっちがかぐやでどっちがロニなのだろうか。大体予想はつくけど。
「にしてもさ、『ニシノ定例会』はなんとかなんない?」と僕が言うと、反論するはニシノ嬢。
「じゃあ、他に何か良いのあったら決めてよー」
「……まぁそれはさておき。騎士薙さんっぽいひと、どうする?」
  いい名前が思いつかなかったので矛先を逸らそうとしたんだけど、どうだろうか。
「じゃ、ジャンケンで」
  ニシノ嬢、この事は水に流しても、ジャンケンするのは忘れてないようだ。

 ●時刻12:50 〜XXさんだからいいんじゃない? が合言葉〜
  結果、かぐやちゃんがジャンケンに負け。声を掛ける勇気を出すのに3人で励ましているうちに時刻は50分に。
  相変わらずうろうろしている騎士薙氏(と思われる人物)に勇気を振り絞って。かぐやちゃん、がんばる。
  見事、人物は騎士薙氏だった。卒倒しそうな様相で声を掛けるかぐやちゃんを端から見るのは実に身体に悪かった。
  騎士薙氏は20分遅刻で実に理不尽そうだったが。
「まぁ、騎士薙さんだからいいんじゃない?」というニシノ嬢の一言で撃沈。
  いるよね、こういう境遇の人。

 ●時刻13:00 〜集合に30分余裕があるのは仕様〜
  あと一人の人物はと言うと、なにやら遅れてくるらしい。
  自己紹介はどこかで昼食をたべながら。ということで移動。すぐ近くにマクドナルドがあったので昼食がてら待つことに。

 それからの時間はあっという間に過ぎていった。
  昼食を食べている間に遅れて来たイナヅマ氏はイナヅマだけに雷おこしを土産にもってくるわ。
  どうしてロニ君とかぐやちゃんが簡単に僕らを見つけたのかと言うと、ニシノ嬢が僕の写真を二人に送っていたのだとか。
  騎士薙氏は実は12:00に既に集合場所にいたのだとか……だから何をしてたんだ。
  実は男の子のほうがかぐや君で、女の子がロニちゃんだったという驚愕の事実。ちなみに二人はリア友らしい。
  ボウリングやダーツ、ビリヤードなどひとしきり遊んだところで予約していた飲み屋へ。
  その後はもう黙っていた騎士薙氏は大暴走。かぐやちゃん改めロニちゃん、酒が入るとハイテンション、かぐや君にくだを巻く。
  イナヅマ氏は泣き上戸だったとか。それはもう熾烈を極めた。ツッコミキャラは僕だけのようだ。

 ●時刻22:00 〜そして解散時間〜
  解散時間となり、各々の家路へと向かう。見送りを済ませた僕とニシノ嬢。
「やっぱり時間過ぎるの、早いねー」と言うニシノ嬢。
「うーん、ちょっと早すぎるくらいだね。もうちょっと長くてもいいと思うんだけど」
「でも、オールはちょっとねー」
  と、だらだらと話し込む僕ら。なんだかんだで、こういう時間は名残惜しい。
「もう、時間も時間だから解散しようか」このままではいつまでも話してしまう、僕がしかたなく切り出す。
「そうだね………それじゃ。おやすみ」と、改札を通るニシノ嬢。
「また今度も一緒にオフ会、いってくれるかな」
「もちろん! また次もよろしくね」ニシノ嬢は笑ってホームへと昇っていく。
  オフ会、終了……。結果は、いい感じだ。

 ●時刻不明 〜ログオフ〜
  そこで僕は頭部装着型のディスプレイをはずす。長時間画面に向かっていた疲労感、とわずかな充実感。
  そこへ妹が部屋へ入ってくる。
「ねぇ、兄さん」
「ん?」
「その『OFF会OnLine』ってネットゲーム、そんな面白いの?」



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