おかゆ(第二稿

 玄関のチャイムが鳴った……気がした。夢うつつの状態で、怪しい。
  『ぴんぽーん』耳障りな高音が再度鳴る。間違いない。
  ずるずると意識が現実に引き戻されていく。……体の節々が痛い、寝起きで体温が上がってるせいではなく、体が熱い。
  『ぴんぽーん』それにしても、俺のうちに『ぴんぽーん』来る奴なんて『ぴんぽーん』あまり多くは思い浮かば『ぴんぽーん』ない。
  ましてや『ぴんぴんぴんぽーん』こんな『ぴんぴんぽーん』嫌がらせみたいにチャイムを連打する奴なんて『ぴぴぴぴぴぴぴぴんぽーん』ただ一人しかいねえ!
  勢いよく玄関に向かった……つもりだが、体はベッドにある。
  全く力が入らない。よろよろとベットから降り、玄関までたどり着く。
  これは思ったより、重症かもしれないな……。
  ドアを開けると、そこには案の定、奈津がいた。
「おう、どうした?」げ、喉までガラガラだ。本当にこれ、俺の声か?
  奈津は黙って俺の目の前に土鍋を突き出してきた。
「土鍋?」
  目を丸くしている俺を押しのけて、勝手に上がりこむと、そのままキッチンへと向かう奈津。
  土鍋というのは、まあ料理を作るための道具であって、つまりこの状況からすると。土鍋の中に料理が入ってることになる……料理?
  奈津が、料理!?
  何か考えるより先に手が出て、何か喋るより先に足が出る奈津が!
  ついに奈津も女の子としての自覚を持ってくれたのか……高校二年だからっていやいや。遅いことはぜんぜんまったくこれっぽっちもない。これから徐々に学んでいけばいいのさ。そうさ! そうとも!!
  俺は生まれて初めて風邪に感謝した。ありがとう気管支炎!
「ちょっと、早く来なさいよ」
  そんな奈津の呼ぶ声に俺は正気に返った。
「……ああ、今行く」
  うれしはずかしキッチンに向かったその先には、ああエプロンをした奈津の姿。こんな光景を拝める日が来るなんて。
  いったい土鍋の中身は何だろう。お粥もいいし雑炊もいいし中華粥でもいい、いやもう中身は問うまい。土鍋いっぱいの茶碗蒸しだって何だって来いだ! 
  そしてキッチンに入った俺が土鍋の中身を見ると。
  ……そこには米が入っていた。
  上から見ても横から見ても、たぶん3Dメガネをかけてもこれは米だろう。
  なぜか仁王立ちの奈津が俺に言った。
「おかゆの作り方を教えなさい」
  ああ、そうですか。
  そういうオチですか。

 結局、ベッドで俺が調理法を指示しながら、奈津がお粥を作るということで落ち着いた。
「つーか何で俺の家まで来て、お粥をつくるわけ?」
「最近、風邪が流行ってるでしょ」
「ああ……で?」
「部活の先輩が風邪引いてしばらく学校来てないから、お粥つくりに行こうと思って」
「いや……自分の家でやれよ」
  お前の家、俺の家から歩いて五分じゃねーか。
「か、家族に見られたら恥ずかしいじゃないの!」
「あーそうですか」
  俺には見られてもいいんですね。
「ねえ具は? 何がいいの?」
「いや、俺に意見聞いてもしょーがないだろ。先輩に聞けよ」
「参考にするだけよ! っていうか先輩にどうやって聞くのよそれ」
「いや……『うふっ☆ せんぱーい、好きなおかゆの具は何ですか? ちなみにー、わたしはー、ぐあっ!!」
  言い終わる前に奈津が俺の頭にお玉を振り下ろした。助走とジャンプまでつけて。
「死ね!!」
「少しは……手加減……」
  こっちは仮にも病人だぞ。
「手加減してなかったら今頃アンタがお粥の具になってるわよ!」
  俺、フィーチャリングお粥。

 まあ、そんなこんなで。お粥完成である。
「よく考えてみれば、米煮るだけなんだからこれで失敗するわけがない。いくら不器用な奈津でもこんなんで失敗したら馬鹿としか言いようがふっ!」
  しまった、心情が口に出ていた!?
「だ・れ・が? 不器用で馬鹿ですって?」
「すみませんでした。器用で知的な空手部主将の奈津さん。だからお願い足刀蹴りはやめて……」
「馬鹿なことやってないで食べるわよ!」
「ん?」
「どうしたのよ、怪訝な顔して」
「いや……先輩ん家に持ってくんじゃないのか?」
「あ〜、いやそのえっと……練習!! そう今日のは練習に決まってるじゃないの!」
「ああ、そうなのか。じゃ遠慮なく。いただきます」
  具は俺の好みで味噌納豆、味噌と納豆をあわせたもので、体調が悪いときでもこれなら食える。
  俺にとっては梅干よりかよっぽどいい。
  朝から何も食べてないせいもあるが、すごくうまい。鼻が利いてないのが残念なくらいだ。
  黙々と食べる俺を凝視する奈津。ってそんな見るな、食いづらい。
「ど、どう? 食べられる?」
「……うまいよ。ほら、奈津も食えばわかる」
  そう言われて初めて自分のにも口を付けはじめる。さてはこいつ、俺に毒見させるつもりだったのか?
「……いけるじゃない」
「だろ? これなら先輩に出しても大丈夫だって」
「せ、先輩ね! そそ、そうだったわね!」
  何故か慌ててお粥をかきこむ奈津。……あ、むせた。

 食後の一服という間もなく、後片付けが終わると奈津はすぐに帰ろうとしていた。
「ん、もう帰るのか?」
「アンタに風邪うつされちゃ大変じゃない」
「あー、そうだな。でもそしたらほら、俺がおかゆ作りに行ってやるよ」
「えっ?」
  奈津は一瞬、唖然としてから、顔を真っ赤にして睨んできた。やべ、ホントに風邪うつったか?
「……言ったわね」
「な、なんだよ」
「絶対よ! 絶対に作りに来なさいよ! 来なかったら泣くわよ! 泣いた後アンタを殺しにくるんだから!!」
「わかったわかった!」
  ……殺されちゃたまらないからな。
  部屋の真ん中で立っていた奈津だが、何を思ったのか。また床に腰を下ろした。
「……帰るんじゃなかったの?」
「いい」
「いやだって、風邪うつるぞ?」
「いいったらいいの! アンタは薬のんでおとなしく寝てなさい!!」
「あーはいはい、わかりました」
  そうしてしばらくたわいもない話をしてると、いつの間にか日が暮れてしまっていた。
  帰り際に奈津が言った。
「じゃあね……とっとと治して学校来なさいよ。アンタがいないと……」
「俺がいないと?」
「な、殴る相手がいないんだから! じゃあね!」
  そう言って奈津は乱暴にドアを閉めていった……それにしても。
「あいつ、そんなお粥好きだったっけなあ?」







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