  
              おかゆリライト 
             
             玄関のチャイムが鳴った音で、藤間は目を覚ました。 
             もうすっかり日が傾き、部屋の中もオレンジに染められていた。 
             慌てて玄関に向かおうとするが、体が重い。 
              それにしても誰だろう、思い当たる節がまったく無いながらも、毛布をずるずる引きずりながら玄関に出た。 
            「はぁい、誰ですか?」 
              いつもより重く感じる玄関のドアを開けると、そこには佐伯がいた。 
            「よう」 
            「……佐伯さん? どうしたの」 
            「風邪だと聞いた。大丈夫か?」 
            「もう、しばらく、寝てれ、ば」 
              言葉の合間合間に咳を挟んで、毛布をかき寄せる藤間をみた佐伯。普段からこしらえている眉間のシワを、ぎゅっと深めてため息をついた。 
            「……大丈夫じゃないみたいだな、邪魔するぞ」 
            「あ、うん。狭い家ですがどうぞ」
            
             家に上がった佐伯は、勝手知ったる他人の家。来客用スリッパを自分で取り出すと、迷い無くキッチンへと向かった。 
                それに続いて藤間がキッチンへ行くと。そこには佐伯が取り出した土鍋が置いてあった。 
              「土鍋?」 
              「……なんだその怪訝そうな顔は」 
              「いや、佐伯さんと料理って単語が結びつかなくって」 
              「ダ・マ・レ」 
              「でも嬉しいなあ、ねね。中開けていい?」 
              「ふん……好きにしろ」 
                藤間が土鍋の蓋を開けると。 
                そこには、米が入っていた。 
              「……」 
              「どうした?」 
                藤間が呆然としているうちに、佐伯は髪をアップに束ねて、ウサギさんの刺繍の入ったピンクのエプロンを取り出していた……意外に可愛い趣味だ。 
              「あー、ポニーテイルも似合うね」 
              「いきなり何を言うっ!」 
              「照れた顔もなかなか――じゃなくってこれ、米だよね?」 
              「これが米以外の何に見えるんだ?」 
              「……はい」 
              「そういうわけで」 
              「そういうわけで?」 
              「藤間、私におかゆの作り方をおしえろ」 
              「そっからかよ!」 
             キッチンにある椅子に、人だか布の塊だかわからなくなった藤間が座って佐伯に指示を出している。 
              「えー、まずはお米を研ぎます」 
              「……ちょっとまて」 
              「どうしたの?」 
              「私の聞き間違いだといいんだが、米を研ぐって言ったか?」 
              「そだよ?」 
                なぜかものすごいショックを受けた顔をした佐伯は、ぎゅっと拳を握り締めてうつむいた。 
              「米って……研ぐものだったのか」 
              「ど、どうしたのさ、そんな」 
              「いや、普段母上がご飯を炊いているのがいかに大変かというのを思い知っただけだ……ごはんはもっと感謝して食べなければいけないな」 
                なぜか感慨深い様子の佐伯に藤間も同意する。 
              「何か勘違いしてるみたいだけどそうですね」 
              「さあ! 覚悟はできたぞ!!」 
              「は、はいっ!?」 
                気合を十分に入れた様子の佐伯は藤間にせまった。 
              「藤間、砥石をもてい!」 
              「……えーっと」 
              「あ、お前。私が米も研げない粗忽者だと思ってるんだろう。 
                馬鹿にするなよ、私が使ってる鎖鎌も護身用に持ってる小刀も、それに母上が使う包丁だってたまーに……ほんとにたまーーーにだけどに研いだりするんだからなっ!」 
              「……」 
              すっかりその気になってる佐伯を見つつも、藤間は先の長さに途方に暮れていた。 
             おかゆを煮ている間はやることも無いので、おとなしくベッドで寝ていることにする。 
                横には佐伯がいるが、ちょこちょこと鍋を見に行ったりしている。 
              「さっさと治せ、さあ治せ」 
              「そんなに言っても治りません」 
              「ふん……軟弱な奴だ。だいたいお前がいないとだな」 
              「僕がいないと?」 
              「……なんでもない!」 
               
              そっぽをむいた佐伯の顔には夕日の色とは別の赤が混じっていた。 
              「佐伯さん、顔赤い。もしかして風邪うつったんじゃないの?」 
                そういってベッドから身を乗り出して顔を覗き込む藤間のアップに、赤かった顔が真っ赤になった。慌てて離れる佐伯。 
              「そそ、そんなことはない! 私はお前みたいにヤワじゃないからな!」 
              「そっかー、でもホラ。万が一でも風邪がうつったらさ。僕がおかゆつくりにいってあげるよ」 
              「……本当か?」 
              「だってほら、佐伯さんだっておかゆつくりにきてくれたじゃない」 
              「……」 
              「あ、いやならいいんだけど」 
              「いや! 全然そんなことはない!  
              なあ藤間……風邪って確か、うつすと治るんだよな」 
              「まあ迷信っぽいけど、よく言うよね」 
                離れていた距離を、亀ようなスピードでじりじりと詰め始める佐伯。ベッドに身を乗り出し、ふたりの距離はもう数センチすら危うい。 
              「さ、佐伯さん。ち、近いってば」 
              「治療だ治療! いいから寝てればいいんだ!」 
              「こんな状況じゃ寝れないって……あ」 
              「うるさい、今度はなんだ?」 
              「……鍋、吹いてる」 
              「わあああ!」 
             
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