おもしろ病
僕の友人には、とっても面白いやつがいる。
小学校のころにはそんなに面白いやつでもなかった。むしろあまり面白くもないやつだった。
学校から帰ってはTVゲームなんかをしているような、どこにでもいるようなやつだったのだが、中学校の半ばからだろうか。あいつは変わった。
そのころからだんだんと面白いことを言うようになったのだ。と、いっても最初はそれほど面白いというわけでもなく、クラスに一人はいる。
その程度のレベルだったように思える。
最初にあいつがそういう風な事を言ったのは地理の授業中だった。教師があいつに質問をした。
「アンデス山脈は何大陸にある?」
そしたらあいつはこんなことを言い出した。
「あんですって?」
当時あいつは結構暗いやつで、ガリ勉タイプのそいつが授業中にくだらない駄洒落を言い出すものだから、周りは一瞬静かになった後、失笑で包まれたものだった。
当の本人も事態がよくわかっていないようで、なんだかびっくりしたような顔をしていた。
授業が終わった後、聞いてみた。なんで急にあんなことを言い出したのか、と。
「それが、自分でもよくわからないんだよ。気がついたらあんなことを言ってた。」
変なやつだな、と僕は笑った。
それから段々と、あいつは面白いことを言い出すようになっていった。
これが奇妙な点なのだが、本人の談では自分はいたって真面目だというのだ。
「いや、僕はぜんぜん頭ではそんなことは考えていないんだよ。ただ、気がつくとしゃべってるんだ。」
高校の卒業の頃なると、ますますあいつは面白くなっていった。
勉強はできるくせに面白いことを言って授業を中断させまくるものだから、成績はあまりよくなかった。
先生が、お前はふざけてるのかっ!と激昂すると。あいつは泣き顔で、そんなことないですよぉ。と言うのだが、
そのすぐ後に手のひらを返したように面白いことを言うのだからクラスは授業中笑いが絶えなかった。
あいつの大学時代についてはあいつが偏差値のすごく高い大学に進学したためによく知らない。
が、しかし大学卒業の頃の同窓会で4年ぶりにあったあいつはこういった。
「最近、自分が自分じゃないような気がするんだ」
なんだそれ、と僕が聞くと。あいつは続けてこう言った。
「全然面白いことを言おうなんて思っていないんだ。だけど気がつくと口が滑っちゃてるんだよ。
まるでしゃっくりのように、自分でも面白いことが止まらないんだ。」
真剣な顔で言った後、本当にしゃっくりのように僕を笑わせるものだから、そのときはまたいつものか。と思っていた。
数年後、あいつはお笑い芸人になった。
弁護士になる司法試験のときに面白いことを言ってしまって、試験に落ちてしまったのだ。
そうしてことごとく面接にも落ちて、まともな生活が送れなくなってしまったのだというのは本人談で、まわりからみればそれも冗談のうちだったのだ。
TVに出始めるとあいつの人気は鰻上りになっていった。
一日でもあいつをTVで見ないことはなくなり、週に40本の番組に出演するなんて事もあるくらい、異常な人気になっていった。
そして来週、 あいつはお笑い芸人単独としては異例の、単独武道館ライブをすることになった。
そのニュースを知った夜、あいつから電話がかかってきた。
「助けてくれ」
あいつは切羽詰った声でそう言った。
「いやな予感がするんだ、今度のライブに出てしまったらとんでもない事になってしまう気がするんだ」
僕はいつものことだな、と思いながらその電話中ずっとあいつに笑わされていた。
こんなに面白いんだから、ライブが失敗するはずはないだろう、そう思っていた。
そしてライブ当日、それは起こった。
なんと生放送のその番組が、途中で放送中止になってしまったのだ。
あぁ、あいつが言ってたいやな予感はこのことか。と僕ははっとなった。番組の事に関してもそんな勘が働くなんて、あいつはお笑い超人なんだろうか。と僕は思った。
しかし、事実はそうではなかった。
翌日のニュースは、世界中を揺るがすものとなった。新聞にもその事件は一面で大きく掲載された。その見出しはこうだった。
『武道館ライブで、死者1000人以上 死のお笑いライブ』
そうなのだ、あいつは恐るべきことに1000人近くの人間を笑い死にさせてしまったのだ。
あいつは今、警察で事情聴取を受けている。
警察でも死者がでなければいいのだが・・・。
←Back
|