大人の店

  大人しか入れないという秘密の店がある。というのを学校の情報通の友人から教えてもらった。
  じゃあお前はどこでその秘密の店を知ったんだよと聞くとそれは情報屋のコケンにかかわるから、とか何とかはぐらかされた。
  とにかく、俺はそんな秘密の店へどうしても行ってみたかった。
  「〜しか入れない」や「秘密」なんてフレーズを聞くとどうしても知りたくなってしまうのが俺の性分だ。
  生憎その話を聞いたときはまだ19歳だったから20歳になったら絶対行こうと硬く心に誓っていた。

  成人式の日が誕生日というなんとも幸か不幸なのかわからないが、20歳で成人式も終わらせていれば大人だろう。
  成人式を終えた俺は早速その足でその「大人の店」へと向かった。
  友人から場所は教えてもらっていた、それでも探すのに苦労したがようやく見つけた。
  都心の街中にある小さな地下の洋服屋。その更に奥にその店はあった。
  一体どんな店なのだろう、やはり大人の店というからにはブラックライトが輝いてたり、あるいは高級そうなアンティークがあったりするのだろうか。と胸に期待を膨らませ、そこへ入ってみると。
  そこはホールとも広いバーとも区別のつかない奇妙な空間だった。

  老若男女さまざまな人がいた。皆、年齢や性別なんて関係なく談笑している。
  入り口に会計はあるものの、そこには年齢のチェックをするような店員はいない。すんなりと入れて俺は拍子抜けしてしまった。
  席の指定などはどうやらないらしいからカウンターで飲むことにした。とそこで隣で話している青年と老婆に話しかけられた。
「やぁ、こんばんは。」
「こ、こんばんは。」
「あなたはここは初めてかしら。」
「あ、そうなんです。実は…。」
  と会話を始めた。ああ、「大人の」っていうのはこういう会話を楽しむインテリジェンスで社交的な場所って意味なんだな。と理解した。

  1時間ほど話しながら飲み、俺もかなり酔いが回ってきた。
  成人になったというのが俺の気を大きくしていたんだろう。かなりのハイペースでグラスを空けていた。
  そういえばこの青年は全然酔ってないな、と思い話しかけた。
「全然酔ってないね、お酒強いの?」
「あ、いえ。実はこれアルコールじゃないんです。僕まだ17歳だから。」
  と青年はさも当然のように言った。
  驚くと同時に少しずつ怒りが沸いてきた。俺が20歳まで我慢してるのにこいつはなんでここにいるんだ、こんなルールを守らないような奴が大人の店にいていいのかと思った。
「え、ちょっと待てよ。ここは大人の店だろ。なんで未成年なのに入ってきてるんだ。」
  酔いに任せてつい強い口調で言った。
  すると青年は苦笑したような曖昧な顔で老婆と顔を合わせた。まるで俺が困った奴であるかのように。それに余計に腹が立った。困った奴はこいつじゃないか!
「おい、店から出ろよ!ここはお前のような奴が来ていい場所じゃないんだぞ。」
  と声を荒げると、周りの視線が集まってきた。
  騒ぎを察したのか、店員がどこからかやってきて
「お客様、申し訳ありませんが当店ではお客様のような方をおもてなしすることはできません。」と言った。
  俺に向かって。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺は20歳も過ぎて成人式も迎えたんです。髪も黒いし乱れた服装もしていない。なんで彼じゃなくて俺が追い出されなきゃいけないんですか!」
  俺が何のことだかわからないという顔をしていると。
「当店は確かに大人の店と呼ばれてはいます。ですがそれは年齢という意味ではありません。大人としての立ち振る舞いやマナー。そういうものを尊重しているだけで、当店には何の制限もありません。お客様のとっている行動は果たして自分が大人として正しいと思える行動でしょうか。」
  と店員は子供をたしなめるような口調で言った。

  思い切り頭を殴られたようなショックと同時に一気に酔いが覚めた、自分が馬鹿みたいに思えた。いや、これじゃ正しく馬鹿だ。
「………すみませんでした。」と青年と周りの人に謝り、支払いを済ませた。
  店を出るときにさっきの店員に話しかけられた。
「お客様。今日の体験を経て再び、自分が大人になったと思ったら。その時はまた当店にお立ち寄り下さい。当店ではきっとお客様を歓迎するでしょう。」
  あぁ、ここはやっぱり大人の店だなぁ、と思った。
  それから3年、今ではすっかり俺もその店の常連だ。あの時の青年と共に。



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