レース

『さぁ! いよいよ始まりました毎朝恒例の村上商事・通勤競走。
 実況はワタクシ、社長秘書の鴨居がお送りします。
 そして通勤競走・名誉走者の鈴木さんを解説にお招きしました。
 鈴木さん、今日のレースの見所はどこでしょうか?』
「そうですね、やはり通勤競走となりますから、スピードでしょうか」
『誰にでも言えるような解説、ありがとうございます。さぁ、いよいよスタートです! 今日の勝利者は誰なのか!?』

『各走者、一斉にスタートしました! トップを走るのは部長の秋田 健一!
 趣味はゴルフ、接待ゴルフでも本気になってしまう性格はこのレースにどう影響するのでしょうか。
 そして続くのが係長の相嶋 安成と新入社員の向島クンです。
 向島クンは毎日、相嶋係長にいびられています、その雪辱をこのレースで果たすことができるのか!?
 そして最後を走るのが重役の田中 太郎。
 絵に描いたような平凡な名前、そしてその実直なスタンス、社長の腰巾着としてここまで上り詰めてきました!
 しかしこのレースでポックリいかないかワタクシ、心配であります。
 さて、どうでしょう鈴木さん。これからの流れは?』
「そうですね、まったく予測できないと言えるでしょう」
『はい、ありきたりな解説。ありがとうございます。さすが万年窓際族の鈴木さんですね!』

『村上商事本社まではまだまだ距離があります。
 このままの状態でレースが終わるなどということはまずありえないでしょう。と、おおっと!
 向島クンが仕掛けた! やはり相嶋係長との並走に居たたまれなくなったんでしょうか!
 向島クン、そのまま相嶋係長から離れると前方の秋田部長に並ぼうとする!
 あっとしかし、しかぁし! 相嶋係長、それを許さない! 向島クンを追いかける!
 向島クン、何か投げました。あ、あれは……名刺です!
  名刺が後方の相嶋係長に向かって手裏剣のように襲い掛かる!
  大丈夫なのか向島クン、会社での保身を考えていないのかっ?』

『しかし相嶋係長もこれを難なく避ける。
  しかも上半身をグリグリ捻って、マトリックスの動きのようでもありますが、
  相嶋係長がやるとリンボーダンスにしか見えません!
  相嶋係長、お返しとばかりにボールペンを飛ばす、飛ばす! 一体、社内で二人は何をやっているのか!?』
「会社での様子が目に浮かぶようですね」

『向島クン、たまらず鞄でガード、皮の鞄にボールペンが突き刺さります。
  そして、その隙に相嶋係長、ぴったりと向島クンに付きました。
  向島クンのスタートダッシュは失敗したようです。しかしなんとも白熱した攻防でしたね、鈴木さん』
「そうですね、しかし備品の出費は会社もちなんでしょうか?」
『そんなことばっかり言ってるから鈴木さんは出世できないんですよ!』

『さて、田中さんの動きはどうでしょうか……な、なんと! 田中さんスクーターに乗っている!
  一体どこからそのスクーターを入手したのか田中さん、スーパーカブです。
  もう自力で走るのは体力の限界なんでしょうか。
  しかし速いです。さすが機械です、明らかに文句を言っている3人を抜かしてトップに踊り立ちました!
  っていうかなんでもありなんでしょうか!? このレースは』
「あっ、あれは何でしょうか」

『何ですか、鈴木さん?
  ………ん、んんーっ!? 後方からなにやら猛烈な勢いで走ってくるものが!
  蕎麦屋の親爺です、蕎麦屋の親爺が猛烈な勢いで走ってきています!
  手には岡持を持っている、これは一体どうしたことでしょうか!?
  あぁっと、そのまま猛烈な勢いで3人を抜き去った! かと思うと田中さんに強烈な飛び蹴りを見舞ったー!
  田中さん、たまらず横転です! あぁっ、田中さん。ヅラが、ヅラがっ!』
「なるほど、あれは蕎麦屋のスクーターだったんですね」

『田中さん、たまらずリタイアです。蕎麦の代わりに存分に説教を食らってください。
 さぁ、先頭でここまで動きのなかった秋田部長。ついに動き出しました。
 手にはビニール傘です。一体、いつの間に手に入れたのか!
 柄を下にして、ゴルフのスイングでしょうか、力の入れ具合からするとどうやらアイアンではなく、ウッドのようです。
 村上商事きっての飛ばし屋、秋田 健一。今日はどこまで飛ばしてくれるのか!』
「今、レース中じゃありませんでしたっけ?」

『さぁ、秋田部長。振りかぶってぇー……スィングッ!
 強烈なスイング、チャー・シュー・メンのタイミングです。一体どこまで飛んだのか!
 あぁーっと!?飛んだのはなんと、ゴルフボールじゃなくて向島クンだぁぁぁっ!
 向島クン、なんと230ヤード後方まで吹っ飛んだ! 気分はまるで流れ星っ!
 これで事実上、秋田部長と相嶋係長の一対一になりました!』
「どうでもいいんですけど、みんな遅刻ですよね」

『しかしこの距離差、このペースの差では、やはり相嶋係長、分が悪いです!
 ここで、相嶋係長、胸からなにやら取り出しました。』
「写真ですか?」
『あ、あれはーっ!! 秋田部長の奥さんと一緒に移っている若い男っ!
 浮気かっ、浮気なのか秋田部長!? その場にがっくりと崩れ落ちました!
 日頃のゴルフで、家族サービスの足りなさが敗因かっ!』
「相嶋係長が持ってることのほうが問題だと思いますね、はい」

『さぁ、これでゴールを目指すのみです。相嶋係長にインタビューの準備をしなくてはいけませんね。
 おっとぉ! まだ誰かが並走している! あれは誰だっ!?』

『……や、山田さんだー! いつの間にレースに参加していたのか、村上商事ひとりCIA!
  ワンマン社長が唯一頭の上がらない人物、お局の魔女!
  村上商事の生きた化石! 今年で73歳です、定年はいいのか山田さん! メガネの縁が太いぞ山田さんっ!
  その走りにまったく衰えた様子はありません!
  そして山田さん、そのまま相嶋係長を抜いてゴールっ! 本日の優勝は山田さんだー!!
  優勝者の山田さんには食堂の一ヶ月分の利用券が進呈されます。
  いやぁ、今日のレースも白熱していました。本日のレース、実況は鴨居と』
「解説、鈴木がお送りしました」

『それではまた明日っ!』



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