死体のバイト

  今、アルバイトをしてる。何のバイトかって?ホラ、お前もそこそこの一般人なら聞いたことがあるだろ。
  膝くらいまで漬かる浅いプールに溜まっているホルマリン。そこにプカプカと呑気に浮いてるのは、人間であることをやめちまった細胞ども。
  俺は何をするかというと、肉の塊をホルマリン液のなかにぶちこんで、プールに放り込んでジャブジャブと洗うわけだ。
  都市伝説だろって?ところがどっこい、そうじゃあないんだな。現に俺がここでやってるんだから。
  夢に出るような光景だぜ。だが、その分割りに合っている、給料はスペシャルだ。

  しかし、見せてやりたいもんだ。時々、鳴くんだよあいつら。
  腸に溜まったガスが口から出る。理屈でわかってても恐ろしいもんだぜ。耳に染み付いてはなれねぇ。
  第一、この匂いだ。ホルマリンの匂いが充満してて作業着を着てることなんてお構いなしだ。体に染み付いちまう。
  もっとひどいのは髪の毛だ。洗って洗っても匂いが落ちやしねぇ。俺は腰まであるような長い髪だからな。余計に手入れが大変だって訳だ。
  男の癖になんでそんなに髪が長いかって?聞いて驚くな、おれは元々バンドマンだったんだ。それもそこそこ名前の知れてる。
  何でそんなバンドマンがこんなとこで肉洗ってるのかって、まぁしょうがねぇな、教えてやる。
  聞きたくない? おいおいそんなつれねぇこと言うなよ。いいから聞いとけって。

  ま、それこそ語り始めると俺の小3ン頃から語り始めないといけなから簡単に言うが、殺人事件に巻き込まれちまった。俺が殺した訳じゃないぜ。だけど…何だったっけな?
  事件のショックで記憶がはっきりしねぇみたいだ。ま、ともかく、この業界でスキャンダルともなるともう死刑宣告くらったようなもんだ。
  そんな訳でバンドは解散。食い扶持を失った俺はこんなとこでバディを洗ってるわけだ。どうせ洗うならナイスバディのねーちゃんがいいがな。

  あぁ、今日もバイトが終わった。あの事件の後から俺は一睡もできない。睡眠薬を飲んでも酒を浴びるほど飲んでも。安眠できる日はいつくるんだか。眠ってないせいかどうも事件付近から頭がスッキリしねえ。
 思い出して事件のことでも語ってやりたいわけだがどうにもこれが思い出せねーんだわ。おまけに体の調子まで悪いときてやがる。
 それよりこんな薄気味悪い場所から出たい。入った金でたまにゃ病院でもいくか。

  金を受け取り近くの総合病院に着いた。待合室のソファーで待ってるか。
  …お、この陶酔感。だんだん瞼が重くなってきたぞ。ついに俺も眠れる日が来たか!受付は済ませてあるし、順番が回ってきたら起きるだろ。
  一眠りしたら事件のことも思い出せるはずだ、そんときゃゆっくり細かーく聞かせてやるよ。そいじゃおやすみZzz……。

  んー、よく寝た。オイオイ、寝すぎたか。辺りが真っ暗じゃねぇか、何もみえねぇ。
  しかも寒いな、どこだよここ。って俺!真っ裸でなんで横になって寝てんだ!?体を動かそうにも指一本、ピクリとも動かない。
  ん、なんか話し声が聞こえるな。ちょっと耳傾けてみるか。

「それにしても、物騒ですね。まさかウチの病院で死体遺棄事件なんて。」
「あぁ、それにしても犯人も何を考えてるんだろうな。有名歌手のxxxxxxを殺すなんて。」
「アレじゃないですかね。ストーカー犯罪っていうんですか?自首してきた犯人、熱狂的なファンだったんでしょう。」
「だからってウチの病院に死体おいてくなっての。警察もうすぐ来るみたいだしな。」

 そうか、ようやく思い出した。死んだのは…………俺だったのか。



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