誕生日ぷれぜんと


 
プラモデルや模型、ゲーム機やら人形やらぬいぐるみ。
  ひとくくりに「おもちゃ」とまとめられるさまざまな玩具がそこには陳列されていた。
  小ぎれいで、向こうの壁がかすむほどの広大な面積を持つテナントのような場所。
  あまりに広大で、そしてなにより人の気配がない――現実には再現不可能な空間。
  そこはコンピューターの中に演算された、オンラインショップだった。

 その巨大なおもちゃ箱の中に、四十前くらいの男が一人。所在なさげに立っている。
  あまりに多すぎるおもちゃに何からしたらいいのかわからない。といった具合に。
  男はしばらく視線を迷わせて、とあるものに目をつけ、そこへ向かっていった。
  壁際においてある大きなグリーンボタン。
  『商品についてのご相談などがある際は、こちらのボタンを押してください』
  という説明。
  その下には、緊急用と書かれてあるレッドボタン。
  男が押したのは安全な緑のほう。

 やがてダークスーツを着た男――検索機能に特化したAIが、文字通り一瞬にして現れた。にこやかな笑みを崩さずに、模範的なバリトンボイスで男に向かって声をかけた。
『何かお困りでしょうか? お客様』
「ああ、うん。娘の誕生日プレゼントを買おうかと思ってるんだ」
  ほらこれが娘のエリカだよ、かわいいだろう? と言ってAIに年代物のロケットペンダントに入った写真を見せつける男――困った顔に変え、私はプログラムですので……。さりげなく逃げるAI。

 男が言うには、肝心の商品名がわからない。確かここ数年で流行ってる動くぬいぐるみのようなものだったと思うんだけど。ということだった。
『それでしたら、デジドールの棚に陳列されてるかと思います』
  とスーツが言っている最中に、商品が陳列されている棚があっという間に動いて、件のデジドールとやらが男の前まで来た。しかしそれでも棚の商品の量は眩暈がするほどに圧倒的だ。
「デジドールっていうのかい」
『はい、デジタルドール。高度なプログラム知性をぬいぐるみや人形、模型に搭載させたものです。
  ……ここ最近で発売されたデジドールですと、人形タイプやロボットタイプ、ぬいぐるみタイプなどがありますが』
「ふうん……どれが人気なのかな?」
『最近の売れ筋ですと、子供の精神を鍛えるレトロなGIジョータイプが人気です』
  そう言ってスーツは「ハートマン」とポップな文字で書かれた箱から、一抱えくらいもある軍服のGIジョーを男の前に差し出した。
「えーと、その。女の子向けのものだけに絞って欲しいんだけど……」
『かしこまりました』
  一瞬にして商品は半分ほどに目減りしたが、まだまだ商品の量は多い。
「困ったなあ」
  呟く男の視界の隅に、関連商品。と書かれたプレートが点滅した。
「これは?」
『はい、プログラムパターンと外見を選択できるオーダーメイドタイプです』
「へええ、そんなのもあるんだ」
『ただ既製品に比べると少々、お値段のほうが張ります』
「うーん。……でも、せっかくの誕生日プレゼントだしなあ」
  少しの間、悩んだ男は決意した。
「よし! このサービスにしよう」

 今、男の目の前にはさまざまなぬいぐるみが広がっている。
  クマ、ペンギン、ウマ、ウサギ、イヌ、ネコ、etc……。
「……多いなあ」
『現在、お客様が選べる外見一覧は百五十種類ほどになっております』
「これってやっぱり、動きも違うの?」
『はい、基本的にその動物の特徴に近づけたものになっております』
「どれがいいと思う?」
  弱りきった男がダークスーツに尋ねると、困った顔に変え、私はプログラムですので……と答えた。
  AIの逃げ口上――ますます弱る男。
  ううん困ったぞ、エリカにはよりいい物をあげたいし、やっぱり動きは機敏なほうがいいんだろうか? いやまてよ、ジャンプ力や泳ぐスピードとかも関係あるんだろうかやっぱり?
  しばらく悩んだ末、意を決して男が出した結論。
「採用テストをはじめよう」
  この時、男の頭の中から、見た目や娘の好みの動物といった非常に重要な項目が消え落ちていたのは言うまでもない。

 奇妙な光景だった。
  ぬいぐるみが百メートル走からはじまり持久走、垂直飛びや水泳をするのを真剣な様子で見守る男。
  結果に対してランキング分けをするスーツ。
「やっぱりカツオに走るのを期待するのは無理だったかな」
  陸上トラックのスタートラインでびちびち跳ね続けるカツオ――本物そっくり。
『しかし、水泳ではトップの成績です』
「垂直飛びはカエル……と」
  こうして出来上がったデータは結局、一長一短で取り立てて役に立たないものだった。ようやく完成したジグソーパズルが、実はノイズ画像だったような徒労感。
  長く重い沈黙。
『あの……娘さんに決めてもらうというのは?』
  大きくかぶりを振る男。
「それはだめだ! 誕生日プレゼントはサプライズでなくっちゃならない! そう、エリカのあのただでさえキュートな顔が、喜びに変わるその様を!」
  ああエリカはなんてかわいいんだろう、僕にちっとも似ずによかった、あいや口元だけちょっと似てる気がするかな?
  それにしても美の神様は実在するに違いない、でなきゃこんなかわいい子が生まれるはずがない。
  いやまてよ。実はエリカが実は女神の生まれ変わりかなんかなんじゃないだろうか。ひょっとして大きくなったらどこかへ遠くへ神々が連れ去りに来てしまうんじゃないだろうか!?
  そういえばどこかの民話に、月に連れ去られてしまう女性の話があったな……。大変だ! エリカが月に行ってしまう! そんなことさせるものか、エリカは僕とアリシアで守る!
  たとえ月に行ってしまったとしても追いかけて見せるさ!!!
 
  妄想に耽る男。自由行動でふらふらと動き回っていた大勢のぬいぐるみの一体が、偶然に男の足へぶつかる。
「……お前も月に行くかい?」
  妄想の末のトリップ状態の男、意味不明な質問。
  いまだインストールされていない学習型のデジドールプログラム――とりあえず声に対して鳴き声で反応するだけの機械仕掛けのぬいぐるみ。
  その反射行動の鳴き声に、男の顔が綻んだ。
「そうかそうか! 決めたよ、こいつにするよ」
  男が両手で抱きかかえたそれをスーツのほうに突きつける。一瞬とは言えない間があり。
『……お買い上げありがとうございます』
「大急ぎでラッピングして届けてくれよ! エリカ、待っててくれよー!! 今から月にいくからねーー!!」
  叫びながらログアウトする男。
  ショップに残されたスーツのAI――心持ち疲れたように見える表情。
  そして男が買ったデジドール。

 コモドオオトカゲ。




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