ひとりあるき

  最近、なんだか夜に歩くのが怖くなってきた。
  どうも誰かに尾けられている気がするのだ。気のせいならいいのだけど。
  …なんて思うことは僕には一生ないだろうな。
  と思いつつ暗い夜道を歩いていると、自分以外の足音がすることに気づいた。
  さっきまでそんなことを考えていたものだから、少々うす気味悪い。
  振り返ってみると誰もいない。誰かがいるのならいいのだが、これはちょっとゾッとしないな。

  気を取り直して歩き出す。そうすると、やっぱり足音がする。しかも…思ったよりもずっと近いぞ!
  まるで真後ろを歩かれているよな気分だ。
「おいおい、勘弁してくれよ」
  あまり言いたくはないのだが独り言をしゃべってしまう。その方が気がまぎれる。
「だいたい、男の後ろなんてあるいたって幽霊だって何だっていい気分じゃないだろうに」
  と、僕がため息をつくと。
「そうそう、まったくよね」
  そう合いの手が入った。
  えっ!? と後ろを振り向くが誰もいない。
「ここよ、ここ」
  またも声がする。本当に近いところで声がするな。あたりをよく見回してみると。僕は腰を抜かすかと思った。
「やっと気づいたわね」
  そこにはなんと人の形をした影が手を振っている。なんと喋っていたのは影だったのだ!

 家に着き、一息ついて僕は誰かの影に聞いてみた。
 僕は誰かの影と正面に向かい合って喋っている。なんだかすごく変な気分だ。
「でもさ、なんで君はこんなとこにいるのさ」
  そう僕が聞くと影は答えた。
「わからないわ。でも、一人で歩きたいってずっと思っていたら体と影がはなれてしまっていたの。
  だけど肝心の体の場所がわからなくなってしまって」
 と、不機嫌そうに答えた。 
「それは大変だね、こんなところでよかったら寝泊りくらいは好きなようにしてきなよ」
  僕がそういうと影の彼女はありがとう。といった。
「見かけは頼りなけど。あなたっていいひとね」

  そんな風に僕と影の彼女の奇妙な生活ははじまった。
 影の彼女は僕の話し相手になってくれたし、そして僕は彼女の体を捜したりした。
 休日に一緒に買い物に出かけたときは、周りから見れば僕は独り言を言っている怪しい男に見えたかもしれない。
  彼女とは一緒に食事もできないし、触れることもできなかったけど。それはそれで楽しい日々だった。
 しかし、2週間くらいが過ぎたある日。彼女とは別れの言葉を告げることになった。
「やっぱり、元の状態に収まろうと思うの。彼女のほうも心配してるだろうし、影がないと困ると思うから」
 僕はちょっとさびしかったが、彼女を明るく送り出すことにした。
「うん、短い間だったけど楽しかったよ。早く出会えるといいね」
  またどこかで会いましょうね。と影の彼女はそう言って去っていった。

  数ヵ月後の日差しが強い夏のある日、僕は一人の女性と出会った。 
「不思議ね、あなたとは初めて会った気がしないわ」
  彼女はそう言った。
「たぶん、どこかの夜道で会ったんじゃないかな」
 そして彼女の影を見ると、体とは違う動きで嬉しそうに手を振っていた。



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