夜食

 ストレスがたまると、いつもお酒を飲む。
  酔って家に帰ると。決まってパソコンに向かう。
  ガガガガガといつもより乱暴にキーボードを叩いてやる。いつものタイピングソフト。
  こうしていると、まるで自分が組み込まれたパーツの一部のような気になる。
  ただのタイピングマシンだ。
  嫌なことを、考えずに済む。
  目の前の文字列を一通り処理して、手を休めると、空腹であることに気づく。
  酔ってるからだろうか?
  ラーメンの屋台に群がる酔漢の気持ち、というのはこういうものかもしれない。
  タイピングソフトをそのまま放置しておいて、台所へと立つ。

 私の夜食の思い出、といえば高校受験の時に母が作ってくれた雑炊だ。
  冬の寒い日、鍋で残った汁と冷やご飯を使って、卵でとじて。アサツキなんかがふってある。たまに鍋に入ってたシラタキなんかが入ってるのはご愛嬌。
  あれから何年たったろう。私は今でも、深夜に机に向かっている。
  もっともその上にはノートと教科書ではなく、デスクトップ型のパソコン。
  やっていることといえば勉強ではなく憂さ晴らしのタイピングだ。

 冷蔵庫には何があったろう?
  冷ご飯がある。そうそう、今日は早く帰るつもりだったから冷凍しなかったな。
  ひじきと大豆の煮物の残り。油揚げ。鶏肉。
  やれやれ、スーパーに寄るつもりだったから、何もない。思い出した雑炊も卵がないと物足りない。
  油揚げを熱湯にくぐらせて、鶏肉と一緒に細切れにする。
  煮物とご飯は電子レンジで適当に暖めて。
  日本酒を鍋に入れて、アルコールを飛ばす。醤油、塩、みりんを入れて、ちょっとお湯で伸ばして。
  そういえば、お母さんはやたらダシにこだわったな。鰹節でダシをとったり。煮干をつかったり……。
  鍋に油揚げと鶏肉を入れて、ひと煮立ちさせて、ご飯をどんぶり移して、その中に煮物と鶏肉、油揚げ、汁を少し。
  ざっくりあわせて。混ぜご飯。
  どうせここまでやったのだから、海苔と胡麻も散らしてやる。
  出来上がった混ぜご飯を見ると、少しだけ気が晴れた。

 自分のために夜食をつくるなんて初めてかもしれない。
  明日はせっかくの休日だ。
  今日はこれを食べて、シャワーを浴びて、申し訳程度のメイクも落として。
  明日は早起きしよう。
  そう、明日はせっかくの休日なんだ。何かいいことあるかもしれない。
  単語が点滅しているディスプレイに気づく。まだ起動しているタイピングソフト。
  『nakanaori――仲直り』。
  そうだ、まずはそこからだ。




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